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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6851号 判決

原告 エイアイユーインシュアランスカンパニー

日本における代表者 堺髙基

右訴訟代理人弁護士 宮下明弘

同 宮下啓子

被告 新庄英三

右訴訟代理人弁護士 渡辺敏泰

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇六万六、六六〇円及びこれに対する昭和五四年一二月二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、第二項と同旨。

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、大阪市南区安堂寺橋通三丁目四一番所在の鉄筋コンクリート建地下一階地上七階建建物(名称新和ビル、以下、本件建物という。)を所有占有している。

2  訴外株式会社東邦ビジネス管理センター(以下、東邦ビジネスという。)は、昭和五四年一〇月当時本件建物の一部(四・五階部分)を被告から賃借していた。

3  訴外クラウンリーシング株式会社(以下、クラウンリーシングという。)は、電子計算機等のリースを業とするものであり、昭和五二年一一月二〇日、訴外丸紅エレクトロニクス株式会社(以下、丸紅エレクトロニクスという。)に対し、米国エントレックス社製エントレックス四八〇データエントリーシステム一セットを賃貸し、右両者の契約で、設置場所を本件建物内五階の東邦ビジネス心斎橋支社内とし、同年一二月設置を完了した。

4  原告は、クラウンリーシングとの間で、前項記載の機械を目的として、保険期間昭和五四年六月一日から一年間とする動産総合保険契約を締結した。

5  事故の発生

(一) 昭和五四年九月三〇日夜半から同年一〇月一日未明にかけて豪雨があり、これにより本件建物六階テラス部分より浸入した雨水が同建物五階部分に漏水し、このため前記3記載の機械中のデータスコープ(以下、データスコープという。)一〇台が冠水した。

(二) 右事故は、本件建物六階テラスの雨水流下口に、ポリバケツ約一杯分のゴミがつまっていたことにより、雨水が流下せず、同テラス部分に溜った雨水が室内に流入したことによるものである。

6  被告の責任

被告は、本件建物の占有者かつ所有者であるところ、本件事故は、前項のとおり本件建物の六階テラス部分に降った雨が本件建物内に浸入することのないように安全に雨樋及び雨水排水管を通して流下できる状態になかったことにより生じたものであるから、被告には、土地の工作物たる本件建物の設置、保存に瑕疵があった。

なお、仮に、本件事故が被告の主張するようにビニール片(袋)が排水口を塞いだことによるものとしても、被告において右ビニール片を取除くことなく放置していたという本件建物保存の瑕疵によって生じたものであるから、被告の民法七一七条の責任は免れない。

7  損害

本件事故により、前記データースコープ一〇台が冠水し全損となった。

右データスコープは、新品価格が一台あたり、金八〇万円であり、その法定耐用年数ならびにリース期間はいずれも五年(六〇か月)であって、設置時から冠水時までに二二か月を経過している。従って、冠水時における残存価格は一台あたり五〇万六六六六円となる(算式八〇〇〇〇×(六〇-二二)÷六〇≒五〇六六六六)。

よって、クラウンリーシングの蒙った損害は五〇六万六六六〇円である。

8  原告の求償権の取得

(一) 原告は、クラウンリーシングとの第4項の保険契約に基づき、昭和五四年一二月一日クラウンリーシングに対し、金七二〇万円の保険金を支払った。

(二) 原告は、商法六六二条の規定に基づき、クラウンリーシングが被告に対して有する損害賠償請求権を金五〇六万六六六〇円を限度として取得した。

よって、原告は、被告に対し、金五〇六万六六六〇円及び右損害賠償請求権を取得した日の翌日である昭和五四年一二月二日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4の事実は不知。

3  同5の(一)の事実のうち、昭和五四年九月三〇日夜半から同年一〇月一日未明にかけての豪雨により、本件建物六階テラス部分より浸入した雨水が、同建物五階天井部分より漏水した事実は認め、その余の事実は不知。

同5の(二)の事実は否認する。本件事故は次の原因によって生じたものである。

(一) 東邦ビジネスは被告に対し、被告が本件建物に既設した冷房装置では効果が弱いという理由で、五階の賃借部分に冷房機を設置すること及び、本件建物六階を賃借している訴外サムソン社及び訴外鹿商の共同占有する六階テラスに右冷房機の外部ユニットを設置させてほしい旨申し入れ、被告の承諾を得て、昭和五四年七月これを設置した。

(二) 東邦ビジネスは、自ら右冷房機の据付けを注文し、それを管理、占有していたが、当該据付工事を担当した訴外大阪ダイキン空調株式会社(以下、大阪ダイキンという。)の作業員が冷房機の外部ユニットを覆っていた縦一四〇センチメートル・横一三〇センチメートル四方のビニール片一枚の入ったビニール袋(縦二三センチメートル・横三四センチメートル)を、同ユニットの下に置いていた。

(三) しかるところ、昭和五四年九月三〇日夜の強風で右ビニール袋が吹き飛び、雨水により流されて、六階テラスの雨水流下口を塞いだ。その結果、本件事故が発生したのである。

4  同4は、被告が本件建物の所有、占有者であることのみ認め、その余の事実は否認する。

5  同7の事実は不知。

6  同8の(一)の事実は不知、同(二)の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件クラウンリーシングの損害は、同社が被告の承諾なく恣いままに請求原因3記載の機械を搬入したことに起因するものである。かかる搬入行為は、被告の所有権侵害としての不法行為であり、本件損害はこのような行為によって営業利益を得ているクラウンリーシングと賃借人である丸紅エレクトロニクスが負担するとするのが公平の原則に照らし正当である。

2  本件事故原因は、被告主張のとおりであって、ビニール片(袋)が排水口を塞いだことによるものである。そして右ビニール片(袋)の放置してあった本件建物六階テラスへは、賃借人である訴外サムソン社、同鹿商の部屋を通らなければ出られないのである。

被告は、ビル管理を業としている訴外有限会社カンセイ(以下、カンセイという。)の従業員で住込み管理人藤原増雄、同藤原好子夫妻によって、本件建物の看守をさせており、本件漏水の発見も同人らが発見し、排水口につまったビニール片を取除き、被害を最少限度にくい止めたものであって、被告は本件建物につき通常必要な管理業務は尽している。

要するに、本件事故は、東邦ビジネスのビニール片の放置等冷房機外部ユニットの設置管理の瑕疵により生じたものであり、東邦ビジネスを含む原告側に全ての責任がある。

四  被告の主張に対する認否・反論

1  被告主張1は争う。

東邦ビジネスは、本件データスコープを含むコンピューター関連機器一式を丸紅エレクトロニクスから転リースを受けて適法に占有使用していたものであるし、また、一般にコンピューター等を使用する者がリース契約によることは通常予測し得ることである。

2  同2は争う。

被告主張のようにビニール片が排水口をふさいだものとしても、それが被告にとり不可抗力と認められない限り免責事由とはならない。

本件においては、被告が本件建物の管理、清掃を委ねていたカンセイの従業員藤原夫妻は、本件ビニール片が昭和五四年七月半ころから本件建物六階テラスに放置されていることを目撃認識していたものであり、且つ右藤原らにおいてビニール片を除去することは何ら困難なことではなかったのである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、請求原因3及び4の事実を認めることができ、反証はない。

二  請求原因5の(一)のうち、昭和五四年九月三〇日夜半から同年一〇月一日未明にかけての豪雨により、本件建物六階テラス部分から浸入した雨水が、同建物五階天井部分から漏水したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右漏水した雨水により、本件建物五階部分に設置されていたコンピューター機器のうちデータスコープ一〇台が冠水してその機能が完全に破壊され、その修補には部品代・修復作業費として一台当り合計一一四万三〇〇〇円を要し、右修補費用が新規取得価格を上回る状態即ち所謂全損状態になったことが認められる。

そこで、右事故発生原因についてみるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

1  被告から本件建物の四・五階部分を賃借していた東邦ビジネスは、五階部分にコンピュータ機器を設置していたが、同部分の冷房が既設の冷房装置では不十分であったことから、更に冷房装置を付設することとし、被告及び本件建物六階部分の賃借人サムソン社等の承諾を得たうえで、昭和五四年七月中ころその外部ユニットを六階テラスに据付けた。その際、右据付工事を行った大阪ダイキンの作業員は冷房機の外部ユニットの木製の土台の下に、当該ユニットをおおっていたビニール(縦一四〇センチメートル・横一三〇センチメートル)、部品の入ったビニール袋(縦二三センチメートル・横三四センチメートル)及び土台の木材の残りを縦一〇センチメートル、横一五センチメートル、厚さ五センチメートル位の段ボール箱に入れて置いておいたが、東邦ビジネスはこれを放置していた。

2  本件建物六階のテラスは、三方をコンクリートの壁で仕切られ、残り一方は室内との境をなすガラスのサッシ窓で構成されており、テラス内の雨水等の排水・流下は側面の壁に床面に接して設けられた排水口のみで行われていた。しかし、過去において排水不良等排水機能に障害が生じたことはなかった。

3  しかるところ昭和五四年九月三〇日夜半、台風による暴風雨により、右段ボール箱が押し出され、中に入っていたビニール片及びビニール袋が排水口に流れつき、排水口に張付いてこれを塞ぎ、おりからの集中豪雨によりテラスにたまった雨水は排水口より流下できずプール状となって貯留し、六階テラス側の窓サッシを伝って六階室内に流入した。そして、流入した雨水が五階天井から落下し、その室内に設置してあったデータスコープが冠水するに至った。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右事実によると、本件事故は、本件建物六階テラスに放置してあったビニール片及びビニール袋(以下、総称してビニール片という)が、右テラスの排水口に張付きこれを閉塞したことにより、排水機能が阻害された結果生じたもの、即ち本件建物の排水設備が本来の機能を欠く状態にあったため生じたものということができる。

そこで、被告の主張2についてみるに、前認定事実によれば、本件建物六階テラスの排水口の閉塞は、右部分に冷房機の外部ユニット据付作業をした大阪ダイキンの作業員がビニール片等のはいった段ボールの小箱を置いておき、右ユニットの所有者・管理者たる東邦ビジネスもこれを放置していたために、おりからの台風による暴風雨によりビニール片が突び出し、排水口に張付いたことによるものであることが認められるし、《証拠省略》によると、被告は、本件事故発生当時の本件建物の清掃・管理をカンセイに委託し、本件建物には、右カンセイの従業員藤原増雄、藤原好子夫妻が住込み、清掃管理業務に従事していたこと、本件事故も、事故発生当日の午後一〇時すぎころ、本件建物の巡回警備を終えた藤原夫妻が異常な水の音に気づき発見したもので、同人らは六階の賃借人サムソン社や鹿商、五階の賃借人である東邦ビジネス等に連絡を取る一方、本件建物六階テラス排水口を塞いでいたビニール片を除去したこと、本件建物六階テラスへは、同階賃借人サムソン社の占有使用部分を通らねば達することができず、管理人といえども必要な場合以外は右テラスへ出入することは許されない状況にあったことの事実を認めることができる。しかしながら、前認定のとおり、ビニール片のはいった段ボールの小箱は昭和五四年七月中ころから本件事故発生まで二か月半程本件建物六階テラスに放置されていたものであり、《証拠省略》によれば、本件建物の住込の清掃管理人である藤原好子は、右段ボールの小箱を冷房機の外部ユニット据付工事の翌日に既に発見していること、同人らは管理業務の一環として、本件建物内に管理上支障のあるものが置かれているときは賃借人に注意してきたこと、右藤原はその後も本件段ボールの小箱の存在を少なくとも二回程確認していること、が認められるから、本件事故は、テラス部分にあった段ボールの小箱の中のビニール片が台風による暴風雨によりはみ出して排水口を閉塞したという稀な原因によって生じたものとはいえ、本件建物の所有者、占有者たる被告による管理可能性を越えた原因による事故であるとは断定し難いというほかなく、従ってもとより不可抗力による事故とも認め難い。なお、被告は本件事故は原告側の責に帰すべき原因により生じたものであるとも主張するが、本件事故発生について被害者であるクラウンリーシングに過失があったと認めるに足りる証拠もないし、また、《証拠省略》によると、東邦ビジネスは丸紅エレクトロニクスから転リースを受けて本件建物五階部分に請求原因3記載のコンピュータ機器を設置したこと、前記のとおり本件建物の管理人である藤原好子は東邦ビジネスが本件建物五階部分に右コンピュータ機器を設置していることを了知していたこと、コンピュータ機器をリース契約により利用することは一般に予測可能であることが認められるから、被告の主張1も採用し難い。

三  本件事故によりデータスコープ一〇台が冠水し、所謂全損状態となったことは既にみたとおりであり、《証拠省略》を総合すれば、請求原因7及び8の(一)の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

四  以上検討したところによれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宗宮英俊)

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